「なつのおしまい(ばいばい)」

第7話。OPのどうも読みづらかったスタッフ表示が強調された。浮き上がっちゃうのはスプレーじゃないと思うけど。未来スプレー? 最後のタイトル出すところも明るめに。
アヒル口。頼れる仲間はみんな目が死んでる。
8月も終わりだけど、滴る汗の流れる感じが萌エロ強化月間。プールに飛び込むのが昼ならば、透け表現を目立たせることもできたであろうに。無視されているから日焼け後チラリもなし。
疎外感を気にするキャラと、さほど気にしないキャラ。小鳥桃葉にスポットが当たった話が来てないからそうなるのかもしれないけれど、そういう差の話でもあったように思う。
稲森光香と角沢多佳子の身長差、顔の違いが大きすぎる。本当にどっちも高校生なのだろうか。高校生時分には既に体格ができあがっているイメージがぼくにはあるから、角沢多佳子の方が自然で、残りの面子がみんな揃ってろりぷに過ぎる気がするのだが、どうだろうか。
バスの中で、社会人と言っている女子がいたが、舞台の世界観を維持させる外部的な捕捉を入れるのは良い。でないと、普通の学園ものになってしまって、わざわざ未来にしてある意味がなくなる。ただ、バイトに勤しんでいるのであって、社会人になってしまう設定ではなかったのではないか? そう思って公式サイトを見てみたが、ぱっと見、バイトとも就職とも書いてない。働くとだけ。社会人になるという意味だったのか。じゃあ、大学にも行かないのかな。個人的には学校制度なんて対して必要ないように思っているから、結構理想の世界だけど。主人公は学校擁護サイドなんだよな。どういう社会制度であれ、よほど人権弾圧的でなければその中で楽しめば良いと思うから、世界設定を否定も肯定もしない。ひとまず、表現されたまんまで見たい。実際には、経験や解釈のバイアスが入るのは避けられないけれど。働くのが当たり前の世界なら、どこかのメディアで働いている方の若者の姿も描かないと表現としてバランスが取れない様な気がする。世界観重視派のぼく。
プールに花火を持って入るのはいけないなあ。制服でプールに入ると、プールの水も濁るし、制服も塩素臭くてしょうがなくなると思うのだが、翌朝学校でどうするのだろうか。未来の洗濯技術は凄いのだろうか。
未来の端末は標準で防水なのかが微妙に気になった。
最後の線香花火が落ちるシーンは、角沢多佳子の交渉失敗をイメージさせる。夏の終わりだし。けれども、勝負はこれから、でもある。祭りの季節は秋で、まだ祭りは始まっていない。